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不妊治療後に出産した方々からの

2014年6月19日

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正月がめぐってくるたびに、私は胸はずむ想いがする。それは、患者だった人、つまりクリニックの〃卒業生″たちから年賀状が何百通と舞いこんでくるからだ。
めでたく子どもが生まれた翌年、つまり初年度の年賀状には、まるで申し合わせたように子どもの大写しの写真が刷りこんである。
「あきらめていたのに、まるで奇跡のように授かった子宝なんですよォ」という夫婦の喜びが、小さな葉書のワクから噴き出さんばかりだ。
もちろん、添えている文章も「おかげさまで、にぎやかに、幸せな新年を迎えました」といった調子の、はずむようなリズムに満ちたものばかりである。
それらを一枚一枚手にとりながら、私の記憶はめまぐるしく回転する。「この子は母親似だなあ」とか、「たしか二時間に及ぶ手術の結果、産まれた子だったぞ」とか、「そうそう、ガンコな
お姑さんだったが、いまはうまくいってるだろうなあ」とか、一つひとつが昨日のことのようによみがえってくる。
経験値を上げるにはまず相手がいないとね。
そして最後には「この仕事をしていて、よかった」と、しみじみ思う。ほんとに、これこそ医者冥利というものだろう。
二年目になると、家族全員で撮った写真を刷りこんだ年賀状がグンとふえてくる。添え書きの近況報告も長文になり、なかには早くも二人目の子どもまで生まれているケースもある。
不妊に悩んでいたころに比べて、子どもを産んだおかげで目に見えてふっくらと女っぽくなった母親の姿に接することができるのも、この写真のおかげである。
三、四年すると、ふっと年賀状が途切れてしまうことが多い。
医師と元患者という関係は、もともとその程度のつながりだろうと思っていると、最初の子どもが小学生になるころ、また便りがくることも珍しくない。
思うにこれは、子育てに追われて新年のあいさつどころじゃないという時期があり、それが過ぎて入園、入学といった一つの区切りを迎えたところで再び思い出していただいた、ということ
なのだろう。
患者とひとくちに言っても、印象の薄い平凡な人もある。ひどく個性的で、いつまでも忘れられない人もある。
だが、共通しているのは、子どもができたあと、その子が死んだとか、家庭内がうまくいかなくなったとかいった暗い話が全くない、ということだ。
医者と患者の絆は、私の場合、いくら歳月を経ても切れようがないものらしい。そして、その絆を年に一度、確認させてくれるのが年賀状、ということだろう。

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