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夫の決断で

2014年6月19日

EA059_L
「先生、ほんとに私、子どもができるでしょうか」
最初の診察をすませ、カウンセリングに入るとき、たいていの患者はこう質問する。J子さんも例外ではなかった。そして私は、いつものように断定的に答えた。
「できるはずです」「ま、どうしてですの?」「あなたが、女だからです」
J子さんのような知性派でも一瞬わかったような、わからないような不安気な表情になる。そこで、私は、もう一つ付け加えた。
「診察の結果、あなたは五体満足とわかった。これからあとは〃なぜ妊娠できないか″を徹底的に調べなおして、わるいところをみつけたら修理していく。
それが無事にすめば、赤ちゃんはできるはずです」
子宮がないとか、卵巣を切除しているとか、夫に精子がない:…といった決定的な欠陥があれば話は別だが、普通は診察→カウンセリング→検査へと移行していくものである。
J子さんは卵管がつまっていることが検査でわかった。これは手術でなおすほかはない。
手術で卵管を疎通させるのは難しいことではないが、卵管が正常になったからといって妊娠するとは限らない。
専門医である私の場合でも、年間百例近い臨床例のうち妊娠まで漕ぎつけるのは三’四割足らず。妊娠機能というのは、それほど微妙なものなのである。
そういう事実や統計まで話したうえで、手術するかどうかを聞いてみた。J子さんは「妊娠できるかどうか、手術する前にわからないんですか」と食い下がる。
私は予言者でもないし、まして、透視術をわきまえているわけでもない。
結婚前に相性ピッタリの相手を見つければ結婚生活の苦労はもっと減るだろう。
「もちろん、やる以上は百%成功させるつもりで取り組みますが、私にまかせるかどうかはあなたの判断次第ですよ」
J子さんのような教養ゆたかな女性には、意外と頑固な人が多い。自分の判断は後回しにして、将来のことをやたらと切り口上で質問してくるのもこのタイプだ。
こうして、手術の結論はのびのびになった。ご主人がやってこられたのは三回目のときだったろうか。そして、私から話を聞くと、決断は速かった。
「手術、お願いします」。その瞬間まで迷っていたJ子さん自身、実にあっけなく夫の一言に従った。夫の前で、J子さんは別人のように〃かわいい女″であった。

参考: