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心の鎧があるうちは

2014年6月19日

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F子さんの表情は、最初から硬かった。ふつう患者には、多少とも医者に〃すがる″ような気持ちがあるものだが、F子さんは違った。
初対面というのに、突っかかるような言葉がたびたび飛び出してきた……。
私のところを訪れる患者さんには、こういうタイプが少なくない。
いろんな開業医や総合病院で治療を受けたがいっこうに子宝に恵まれず、あきらめかけたころ人にすすめられて.…:というケースが多いからだろう。
つまり、医者通いが徒労に終わるたびに医者への不信感がっのってきて、私のところでは頂点に達している、というわけだ。
案の定、F子さんもそうだった。姑さんから責められて病院通いをはじめたが、それが三カ所、四カ所とカラ振りつづき。すっかりイヤ気がさしていた。
だから、「今度も多分ダメだろう」という重苦しい諦観が、「いや、ひょっとしたら:::」という淡い期待を押しつぶしてしまっているようだった。
心に鎧を着た患者ほどやりにくいものはない。医者としては、一枚ずつ納得して鎧をぬいでもらわなければ話にならないのだ。

私は、根気よく説明することにした。
専門医以外のところでは検査に限界があるから、ここで再検査したほうがいい。
不妊症は注射すればなおるといったものではないので、ご主人もいっしょに治療に協力してもらうこと・…:。
F子さんは熱心に耳を傾ける風でもなく、なんだかうさんくさい話を聞かされているような表情である。
やがてl、「子どもができるかどうかもわからんのに、主人も検査をしなければあかんのですか」こんな質問まで飛び出してきたりした。
「奥さん。あなたは、まだ心に鎧を着てますね。私に対して不信感を抱いている間は、いくら検査や治療を繰り返してもダメですな」
私は、わざと突っ放したような口調で言った。医者と患者の間にも、たしかに相性の良し悪しはある。
だが、そういう個人的感情を乗り越え、信頼という絆のもとに歩調をそろえないことには、成るものも成らないではないか.:…。
ようやくF子さんの表情がやわらいだ。〃それほど言うのなら、まかせてみようか〃という気になりかけたようだ。
「じゃ、とにかく検査からはじめましょう。信頼してもらえるように、私も努力しますから」そういうと、F子さんはコックリうなずいた。かすかだが笑顔さえのぞいた。

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